枯尾花上巻上巻

賀会祈祷の句
落ちつきやから手水して神集め 木莭
凩の空見なをすや鶴の聲 去来
足がろに竹の林やみそさざい 惟然
初雪にやがて手引ん佐太の宮 正秀
神のるす頼み力や松のかぜ 之道
居上ていさみつきけり鷹の皃 伽香
起さるる聲も嬉しき湯婆哉 支考
水仙や使いにつれて床離れ 呑舟
峠こす鴨のさなりや諸きほひ 丈艸
日にまして見ます顔也霜の菊 乙州
吹井より鶴を招かん時雨かな 晋子
と祈誓してなぐさめ申けり。先頼む椎の木もあり、と聞えし幻住菴はうき世に遠し。木曾殿と塚をならべて、と有したはぶれも、後のかたり句に成ぬるぞ。云々
うづくまる藥の下の寒さ哉 丈艸
病中のあまりすするや冬ごもり 去来
引張てふとんぞ寒き笑ひ聲 惟然
しかられて次の間へ出る寒さ哉 支考
おもひ寄夜伽もしたし冬ごもり 正秀
鬮とりて菜飯たかする夜伽哉 木莭
皆子也みのむし寒く鳴盡す 乙州
云々ふしみより義仲寺にうつして、葬禮、義信を盡し、京・大坂・大津・膳所の連衆、披官従者迄も、此翁の情を慕へるにこそ、まねかざるに馳来るもの三百余人也。浄衣その外、智月と乙州が妻ぬひたてて着せまいらす。則、義仲寺の直愚上人をみちびきにして、門前の少、引入たる所に、かたのどく木曾塚の右にならべて、土かいおさめたり。云々
元禄七年十月十八日、於義仲寺 追善之誹諧
なきがらを笠に隠すや枯尾花 晋子
温石さめて皆氷る聲 支考
行灯の外よりしらむ海山に 丈艸
云々右四十三人満座興行。大津・膳所・京・嵯峨・摂津・伊賀之連衆也。云々
傷亡師終焉作句 初七日迄 忘れ得ぬ空も十夜の泪かな 京 去来
啼うちの狂気をさませ濱鵆 僧 李由
無跡や鼠も寒きともぢから 大津 木莭
つゐに行宗祇も寸白夜の霜 同 乙州
いふ事も泪に成るや塚の霜 膳所 昌房
暁の墓もゆるぐや千鳥数奇 僧 丈艸
一たびの医師ものとはん歸花 彦根 許六
凩よやみなる跡の舟よばひ 同 汶村
墓もどり十方なき世のしぐれ哉 ぜぜ 探芝
拜席に溜るなみだや朝の霜 大津 楚江
かさね着の老の姿や苔の霜 堅田 成秀
木曽柿や木葉かつぎし塚の上 大つ 誐々
日影さす塚にしぐれや湖水迄 同 露玉
月雪に長き休みや笈の脚 僧 千那
しけ絹に紙子取あふ御影哉 大つ 尚白
一とせ翁の踏分られし云々
きさがたを問ず語や草の霜 轍士
ばせをばの寒しと荅ふ聲もなし 僧 角上
澁張りの笠かけてみん墓の霜 京 野童
一夜来て泣く友にせん鳰の床 同 風國
耳にある聲のはづれや夕時雨 伊賀 土芳
悲しさも云ちらしたる時雨哉 同 卓袋
我真似を泣か小春の雉の聲 大坂 之道
石たてて墓も落ちつく霜夜哉 同 芝柏
鹿のねも入りて悲しき野山哉 僧 支考
入月や日比の数奇の朝朗 京 春澄
十六日晋子を幻住菴にともなひて、翁のかくれ所といへる椎の木をみせて、いますごとくに梯をしたへる愁吟
木がらしや何を力にふく事ぞ 曲翠
腰折て木葉をつかむ別れ哉 正秀
うろうろとひざまづきたる木葉哉 臥高
ねぢてみる別の岩よ冬木立 泥足
見送りし庵の姿や袖の霜 靈椿
まぼろしも住ぬ嵐の木葉哉 晋子
取りつかん便りもかなし枯柳 嵯峨 野明
線香の煙覆ふや枯芭蕉 同 荒雀
初めての千鳥も啼や磯の塚 大坂 呑舟
冬芭蕉衣にさけて泪かな ぜぜ 魚光
立かねて袖もしくるや墓の前 同 囘鳬
恨まれて夜着かぶりけり冬ごもり 同 游刀
霜消て此道廣し西の山 同 朴吹
木曽寺のゆめになしたる時雨哉 大つ 木枝
今朝獨泪をこぼす火鉢哉 ぜぜ 這萃
さざ波の時雨を聞か土の窓 大津 土龍
ちり際はもろき櫻の紅葉哉 ぜぜ 遲望
むかし人といひて見廻る塚の霜 同 伴左
待うけて泪みあはす時雨哉 かや女
二十七日廟参之悼句
雪はれて徳の光やかがみ山 岩翁
小野炭やあとに匂ひの残りけり 尺草
冬の日や師に奉公の間もなくて 大坂 如柿
今ははや悲しさかるる柳哉 ぜぜ 牝玄
間違ふてあはぬ命や村時雨 同 吾我
松の霜見ぬ世の形やひの木笠 同 松泉
此かた見行来に見せん丸頭巾 同 朔巫
菊樒暁起の馳走かな 堅田 狢睡
朝日うけて霜もまばゆし塚の前 同 重氏
打こけて指ぬき氷る泪かな 女 素顰
なぐさめし琴も名殘や冬の月 女 万里
花鳥よせがまれ盡す冬木立 桑門 惟然
花桶の鳴音悲し夜半の霜 女 可南
冬の月襟にうけたる泪哉 ぜぜ 徹房
手をつけば霜も湯と成泪哉 同 麻三
木兎の目にも涙のしぐれ哉 同 砂上
力なく墓にかけよる時雨哉 同 蚤鳥
冬柳かれて名ばかり残りけり 向震軒
枝折て鳥の歎きや竹の霜 さが 來几
國鄕へつたへてけふのしぐれ哉 小倉 閑夕
幻にみるは枯野の樒哉 さが 爲有
力なき獅のあがきや冬牡丹 彦根 木導
朝霜や夜着にちゞみしそれもみず みの 如行
主もなき時雨の庵に讃ばかり 堅田 小作
くらつぼに小坊のるやと、聞えし作意梯になん。
大根引あとはうづまぬ名残哉 京 夏木
三十七日伊賀連衆追悼句
時雨ヽやおくへもゆかず筆なやみ いが 玄虎
鶯の子鳴にくくる樒かな 山岸車來
聞て泣聲もとどかぬ枯野哉 浅井風睡
寒菊やすすぐの膳の端 山田雪芝
夢みたか啼て飛ゆく浮ね鴨 杉野配力
六疊に見殘されたり冬の月 岡本苔蘇
塵塚や泪の帋に霜の華 神部や 祐甫
火煙から床のかげ繪を泪かな 京や 一鷺
なき跡や時雨てたつる古障子 佐治洞木
手向には何をかれたる菊畠 西澤魚日
俤や足もさされぬ置火燵 明覚寺 尾頭
冬桃のなき人しらぬ歎かな 山岸陽和
山茶花の散煩はぬうき世哉 木や 我峯
借し着つる夜半もありけり丸頭巾 大坂や 万乎
かろき身の果や木葉の吹とまり 猿雖
芭蕉芭蕉枯葉に袖のしぐれ哉 小川風麥
帋衣の小しぼに浮むなみだ哉 植田示蜂
一生を旅の仕舞の時雨かな 井つつや 爲醉
茶のからの霜や泪のその一ツ 濱式之
何事もなみだに成ぬ冬の菴 中尾槐市
菊かれて側に小松も凋れけり 小童 長年
たよりなや風もかく迄枯柳 津子荻子
枯草に顔入て鳴男鹿かな 原田乍木
笠を泣時雨なつかし北南 井つつや 望翠
そのままに降を手向るしぐれ哉 宇多都
聞とりて鳥も嘆くか山寒し 大久保 仙杖
歎く手の香もふるふや水仙花 松本氷固
水鳥の遠きわかれや湖の果 内神九莭
なにはへの飛脚、粟津よりかへりて亡師の遺書まいれり。
夢なれや活たる文字の村鵆 いが 半残
手向せん茶の木花咲袖の下 西嶋百歳
限あるうわさばかりや散紅葉 溝水
はらはらと泪かれ野の薄かな 來川烏栗
四七日をかけて普音文通の句
猿みのの袖のしぐれや行嵐 伊せ 路艸
夢のあとたが疊みしぞ夜着ふとん 同 團友
待待ておもはぬ文に時雨哉 同 空芽
便なう霜にきえ行月夜哉 同 宗比
みて泣や蓑笠の像に雪霰 同 斗從
玉しゐを世に分置て木葉哉 同 芦本
語り合てともに悲しき霜夜哉 いせ 抜不
せめてその笠みて行んあられ笠 同 盧牧
耳の底に水鶏鳴也冬の雨 尾州 露川
枝川や一羽はなれて鳴千鳥 同 素覽
霜にちりて光身にしむ牡丹哉 同 左次
手づからに木葉はく也塚の脇 冬鶯
明て啼冬の日影やかし座敷 大坂 伽香
鵜飼見し川邉も氷る泪哉 みの 低耳
文臺に去ぬ影也古頭巾 伊豫 黄山

枯尾花 下巻

此下にかくねむるらん雪佛 嵐雪拜
十月二二日夜興行
十月をゆめかとばかりさくら花 嵐雪
しぐれの中に一筋の香 氷花
中山道は加賀で持けり 嵐雪
満座追善各焼香
なき人の詠めも四季の終哉 百里
見おさめの顔はいつ比雪の比 氷花
悔前非
身をつめる悲しさをしれ冬の月 神叔
芳しき人の香もあれ塚の雪 浮生
凩の外にあそぶや墓の月 舟竹
尋行てかれ野の草の根に語レ 咸宇
俤や二度三度よむ月時雨 專迹
かれ芦や名をかき寄る潮頭 東湖
時雨にもさめぬ別れや夢咄シ 素彳
芭蕉翁みまかりぬるに、跡をだにとて、たびだつ人に、ことづて待ちける。
秋風にたへてしばしは残りしも
    霜の芭蕉のあはれ世中
安適
十月廿二日興行
故人も多く旅にはつと、逆族過客のことはりをおもひよせて
俤やなにはを霜のふみおさめ 桃隣
淡くかげろふ冬の日の影 子珊
やすやすと平泉より木曽の月 野坡
丈幅せばき布の薄錦 太洛
哥仙満座普音之吟
うらむべき便もなしや神無月 杉風
枯芝や聲も力もなきあらし 八桑
是非わかぬ枯野に草の種もなし 子珊
見るやうに頭巾をかけん庵の松 太大
聲たてぬ歎きや霜のきりぎりす 湖松
菊かれて匂を惜む居士衣哉 子祐
山茶花を塚の頼みに植もせん 太洛
うき便望絶たり霜ばしら 序志
茶の花は匂ひ手向んばかり也 龜水
見送りも夢に成けり今朝の霜 李里
骨肉にこたゆるけふのしぐれ哉 楚舟
霜消て蓬を庵のちなみ哉 風弦
悲しびを包みかねたる木葉哉 桃川
寺の花直にたむけん冬牡丹 野ヽ
はかなしや火燵咄も苔の下 愚好
初雪を思ひよらずの手向哉 用陽
かたみ哉粟津がはらの枯柳 杏村
その骸もかくやは雪の水仙花 石人
むせぶとも芦の枯葉の燃しさり 曾良
ならべたる繩床さびし冬籠 滄波
袖時雨南無あみだ佛趣向哉 角蕉
義仲寺へ送る悼
氷るらん足もぬらさで渡川 法眼 季吟
告て来て死顔ゆかし冬の山 露沾
花紅葉夢と小春に成にけり 山夕
錫杖にふみたがはざる木葉哉 直方
泣ケ泣ケと目に吹當る木のは哉 琴風
紅葉ちり樒は靑し塚の前 濁子
手向たる水もや朝氷面鏡 壺蛙
時雨ふる白い卒都婆よ夕嵐 山蓬
野ざらしの句や十余年々の霜 凉葉
小莚や火にはなれたる身の凍へ 大舟
行人の徳や十夜の道ひろき 左柳
繪をみるや袖の雫の初氷 此筋
立されば心に消る塚の霜 千川
力艸引切られたるなみだ哉 淵泉
雪や霜尋ねん笠の有所 支老
枯蔦の哀や殘る壁の系 卜子
寒菊の咲後れたる名殘哉 遊糸
哀しれ菊は戸口にかれて居る 其井
こや形見菴の爈蓋に指の跡 海動
何のかの便りの風や枯薄 蓬山
五十二年ゆめ一時のしぐれ哉 ち里
頭陀袋重きも袖のしぐれ哉 虗谷
その塚はさぞな枯野の土の色 艶子
心澄て頬にいてつく泪かな 馬莧
凩の聲に檜原もむせびけり 素龍
十月廿三日追善
亦たそやあヽ此道の木葉掻 湖春
一羽さびしき霜の朝鳥 素龍
山々を信濃の者に語らせて 杉風
本の通りに鼠算用 野坡
十月二十三日晋子亭にて興行
今はくも雪のばせをの光哉 仙化
かへらぬ水に寐て並ぶ鴨 是吉
深草のおきな、宗祇居士を讃していはずや、友風月家旅泊と。芭蕉翁のおもむきに似たり。
旅の旅つゐに宗祇の時雨哉 素堂
落葉見し人や落葉の底の人 沾徳
爈開になき人来ませ影ぼうし 枳風
凩におもひ泣かせよ猿の面 介我
月雪の近江の土や三世の縁 專吟
檜笠いづれ冬野の面がくれ 湖月
凩のなにはや夢のさめどころ 柴雫
初しぐれ笠より外のかたみなし 薯子
かみな月根ざしは殘るばせを哉 拙い
歸花菊をむかしの翁かな 闇指
力艸とりはなしたり朝嵐 山蜂
果は霜夢に逢にし芭蕉哉 寒玉
十徳の袖はなみだの氷かな 女 秋色
霜ふかき菴ぬしなきうつヽ哉 和水
句の神や此の十月の世のくやみ 芝莚
山茶花や難波へ向てつかみざし 一雀
驚きて霜の蜜柑を手向哉 是吉
殘る名の手向にむせぶしぐれ哉 林也
雪の夜をおもひ忍ぶや名付親 李下
窓の雪はらひ果てたる拂子哉 龜翁
靑石の陰もあはれや木葉掻 横几
終の野に捨すましけり霜の杖 景桃
又も来ぬ跡に立けり霜柱 萍水
ちからなや膝をかヽえて冬籠 野坡
竹の繪を掛て悲しき時雨哉 孤屋
油火の消て悔むや冬籠 利牛
すがりつく枝も枯たる柳哉 疎雨
泣籠る冬や今年の廻り合 岱水
深川にとりわけ鳴や友千鳥 石菊
目のさきにまだちらちらと木葉哉 利合
義仲寺に参り、亡師の塚のもとに舊来を語らんとす。そも隠逸の志につかへ、一たびは笈のたすけともなりぬ。今更に遠里を隔て、かかる所の苔の下に、むなしき名のみ聞へけるを。
月雪に假の菴や七所 桃隣
十一月十二日初月忌
    丸山量阿彌亭 興行
泣中に寒菊ひとり耐へたり 嵐雪
向上躰を雪の明ぼの 桃隣
追加 於 義仲寺六七日
花鳥にせがまれ盡す冬木立 惟然
薬の紙の霜にしほるヽ 正秀
歌仙満座訃音之吟
肩うちし手ごころに泣こたつ哉 美濃大垣 竹戸
此悔や臍の緒切てけさの霜 荊口
冬の蝶存しきられぬわかれかな 斜嶺
寒牡丹樒に添るなげき哉 文鳥
燭消て闇に成けり冬ごもり 怒風
蓑むしも木に離れたる落葉哉 殘香
あら土の墓もはかなや霜ばしら 胡風
草鞋の跡なつかしや勢田の霜 黄逸
冬ごもり飯にうへたるたうとさよ 朱迪
文あけて氷る涙や人の逶 里東
泣入て加減の逢ふ寒さかな 野徑
雪霙いつをなみだのとめどころ 蘇葉
蓮の葉の枯れて甲斐なき泪哉 支幽
請る手に俤見へよ墓の霜 竹官
木がらしに便りも遠き手むけ哉 裾道
切石をなでヽ泣けり今朝の雪 尼 教清
十万なき泪や枯るる柳かげ 柯山
月代をそらでも寒し塚の前 及肩
今朝はヽや霜や置きそふ頭陀袋 鳩枝
霜月十六日芭蕉翁三十五日於義仲寺興行
墓近く蓮の香を持ツ氷かな 桃隣
たてヽはあくる冬の柴の戸 智月
跡先に寐に來る鳩の待つれて 正秀

参考文献   蕉門俳諧前集   日本俳書大系刊行會