A.激動期を駆け抜けた男


  1   日   目  
番号  場  所   見 ど こ ろ    
1  義仲館(木曽町日義)  悲運の武将と呼ばれる朝日将軍木曽義仲の短く壮絶な生涯を絵画や人形を使って解説している。 他に古文書、絵巻、上洛地図、武者人形などが展示されている。案内人の名調子が面白い。平成4年7月に建てられた。(月曜日休館(月曜日休館、大人300円、中学生以下無料)  
  ↓  徒歩1分   
 2 徳音寺 (木曽町日義) 義仲が母小枝御前を弔った寺。以後一族の菩提寺となり、境内には義仲、巴御前らの墓がある。 木曽八景のひとつ(徳音寺の晩鐘)。木曽七福神の毘沙門天霊場。
   ↓  徒歩10分(車の場合2分)  
 3  巴淵(木曽町日義)  山吹山の麓にあり木曽川が巴状に渦を巻く淵。義仲の愛妾「巴御前」にちなんで名がつけられている。巴淵に住む竜神が化身して巴御前になったという伝説がある。  
   ↓  徒歩10分(車の場合2分)  
4  南宮神社(木曽町日義)   義仲が平家追討の旗揚げの際、戦勝を祈願したといわれる神社。養蚕の神、安産の神としても崇められている。  
   ↓  徒歩5分(車の場合1分)  
5   旗揚八幡宮(木曽町日義)  1180年義仲が平家追討の旗揚げの際、戦勝を祈願したといわれる八幡宮。境内には幹の周囲が10メートル樹齢800年から1000年といわれる大欅がある。  
   ↓  車5分  
 6  林昌寺(木曽町日義)  木曽義仲を幼少期から養育した中原兼遠の菩提寺。  
   ↓  徒歩20分(車の場合4分)  
7   岩華観音(木曽町日義)  義仲が築城で水を引いたときに勧請した霊験あらたかな観音と伝えられる。その後盗難にあったが道路改修時に発見されたという。馬頭観音が祀られており牛馬の息災を祈念する人々の厚い信仰を受けてきた。  
   ↓  車5分+徒歩15分  
8   明星岩(木曽町)  幼少期の義仲と巴御前が遊んだといわれる岩。大昔木曽駒山麓の濃が池が大氾濫し元原地区一帯を押し流し児野岩辺りまで浸水。水が引いた後岩の窪みにカジカがいたという伝説があり別名かじか岩という。JR原野駅から徒歩15分。  
   ↓  徒歩15分+車5分  
9   中原兼遠屋敷跡と手習天神(木曽町)  現在屋敷跡は大径の土地に広がる田園風景に溶け込む。義仲が幼少期を過ごしたといわれ天然の城塞をなす要害の地。京の北野天満宮から中原兼遠が勧請したと伝わりこの通称が手習天神。  
   ↓  車10分  
10   木曽町  木曽町福島の宿泊施設
民宿松尾(0264−22−2826)
 
       
     2   日   目  
10   木曽町  木曽町福島の宿泊施設  
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11  興禅寺(木曽町福島)   看雲庭と呼ばれる東洋一の広さの枯山水の庭が有名。義仲公お手植えの二代目と伝えられる枝垂れ桜がある。木曽義仲のお墓がある。(0264−22−2428)年中無休
大人500円、子供300円
 
  ↓   徒歩10分  
12  城山と権現滝(木曽町福島)   森林浴ができるハイキングコース。滝や原生林などの自然、福島城跡などの歴史を楽しめる。権現滝は平家追討の挙兵の折、義仲が淋浴祈願をしたことから名付けられたといわれる。散策には90分から120分を要する。  
  ↓   徒歩10分  
13  五霊神社(木曽町福島)   義仲と義仲の四天王今井四郎兼平、樋口次郎兼光、根井行親、楯親忠を奉った祠がある。  
  ↓   車10分  
 14 沓掛馬頭観音(上松町)   人の言葉が理解できたといわれる木曽義仲の名馬の悲しい伝説が残っている。名馬を弔うため義仲は金の観音像を造り一宇を建てたといわれる。義仲が討ち死にした後、金の観音像は盗まれてしまい、代わりに木の観音像が祀られているという。  
  ↓   車30分  
 15 定勝寺(大桑村)   国の重要文化財である山門、本堂、庫裡のほかに木曽義仲、木曽氏第19代木曽義昌の古位牌など貴重な歴史的資料が存在する。(0264−55−3031)年中無休。大人300円子供100円  
  ↓   車20分  
16  兜観音(南木曽町)   義仲が北陸路に出撃せんとする時、兜の八幡座を祠ったのが始まりといわれるお堂で古くから人々に信仰されている。  
  ↓   車20分  
17  五輪塔 (中津川市)  義仲の妹菊姫が建立した尼寺法明寺の跡地と推定される場所に建造される。菊姫の供養のために建てられたという話が伝えられている。