昔むかしの笑いばなし

  1  江戸見物   
     あるときのこと。
 田舎の庄屋さんが江戸見物に出かけたと。
 なにしろお江戸は初めての町、その上聞くところによれば江戸はたいそうぶっそうな所で道を歩くにも少しの油断もできぬという。
 そこで庄屋さん、供の男に風呂敷包みをしっかり持たせて出かけたそうな。
 さて、江戸の町。
 「これ、吾平、お江戸は危ない所というからの、包を盗られぬよう気をつけろよ。」
 「はい、旦那様。」
 「ほほう、どっちを向いてもべっぴんなおなごばかりじゃのう。吾平、包は大丈夫か。」
「はい、これ、この通り。」
「よしよし、なるほど聞いたとおり、お江戸は繁昌な町じゃ。ところで吾平、包はもっとるな、どうも気にかかってならんわい。」
「持って居りまする。」
「よしよし、こんなに人間の多い所では気をつけにゃならんわい。それにしても気にかかるのう。これ、吾平。包はまだあるじゃろうのう。」
「そ、それが旦那さま、申し訳ござりませぬ。今の今、盗られましてござりまする。」
「なに、盗られたとなそうかそうか、いや、どうやらこれで、ようよう気が落ちついたわい。」
 
 
       
  2  法話   
     むかしむかーし、ある村に、大そう偉いと評判の坊さまがおった。
 坊さまは村の者たちのために、毎月1回、寺で法話会を開いておった。村人たちには、そのお話もよくわかるもんではなかったが、なにしろ偉い坊さまの話じゃからのう、みんなありがたがって集まっておったそうな。
 ある朝のこと、久しぶりに外空気でも吸うかなと、散歩に出かけた。
 村の小道をてくてく歩いておると、やがて向こうから馬子の茂一がやってくる。 ところがどういうわけか、茂一はえらく疲れたような、ぼんやりとした様子なんじゃ。
 「これこれ、茂一、どこぞ具合でも悪いのか。」
坊さまが心配してたずねると、茂一が答えて言った。
 「いえ、いえお坊さま、きのうのお坊さまのお話で、夜ねむれずに困りましたで・・・・」
それを聞いた坊さま、自分の話がこの馬子にも、眠れぬほどの感動を与えたのかと、それはそれはよろこんでのう、
 「そうか、それは悪いことをしてしもうたの、で、一体一晩中何を考えておったのじゃ、」と問うてみた。
すると茂一いわく、
 「いやいや、きのうのお坊さまの話の時、ええ気持ちで眠っちまったで、昼にあれだけ寝てしもうたら夜眠れるわけはねえだよ。」
       
  3  ぼたもち   
     その昔、あるところに、甘いものには目のない庄屋さまがおった。ちいとばかり欲の皮が張っておって、何でももろうたお菓子は自分一人で食っておったそうな。
 ところで、ここの家にまた、大そう甘いもの好きの下男がおった。下男は庄屋さまがいつもお菓子をひとり占めにするのが、不満で不満でならんかったと。
 そんなある日のこと、庄屋さまは近所の家の祝いごとで、ぼたもちをもろうてきた。案の定、これも一人で食おうと、庄屋さまは重箱ごと戸棚の奥にしまいこんで知らん顔をしておった。 
 ところがこの様子を、下男がしっかり見ておったんじゃ。くやしいて仕方のない下男はもうどうにもがまんできんようになってな、とうとう戸棚からぼたもちを二つ三つつまみ出した。さっそく口に入れようとしたが、いや待てよ、めったにありつけんもんじゃ。どこぞでゆっくり食おうと考えた。
 「そうじゃ。便所じゃ、あすこなら誰にも見つからん。」
急いで廊下を走っていくと、思いきり便所の戸をあけた。
 すると、どうじゃ、中では庄屋さまがぼたもちを食うておる最中、とっさのことにたまげた庄屋さまは、ぼたもちを喉につまらせて目を白黒、下男は思わず手にしたぼたもちを差し出して言った。
 「へい、旦那さま、おかわりをお持ちしましたで、」
 
       
  4   拾い屋  
      あるところに貧乏長屋があったとさ。
 その長屋に、ある時茂作という男が越してきたとさ。ところがこの男、妙な野郎だ一体何をして暮らしているのやら、毎朝早くだかけては日の暮れに帰ってくるのじゃが、それが、商売道具ひとつ持って行くでなし。
 不思議でならない家主のおやじがあるとき問うてみたところが、茂作曰く
 「おらの商売は、拾い屋だあ」
 「拾い屋、はて、それはどういうことだ」
 「なあに、毎日町ん中歩いて回れば、何かひとつは拾うて帰れるもんだ、おらあ、それで暮らしてるんだ」
 おやじはどうにも合点が行かない。ようし、それならひとつと、考えたおやじは次の朝早く、茂作のあとをそっとつけて行ったとさ。
 そんなこととはつゆ知らず、茂作は通り筋をまっすぐ歩いて行く。町の中ほどを過ぎても相変わらず、てくてく歩いていくばかり。こうしてやがて神社の境内を通り、隣の町までやって来たが、何ひとつ拾う様子はない。
 こんな調子であたりの町という町を全部歩き回るうち夕方になった。茂作もあきらめたか、やっと家にもどる様子、おかげでおやじもくたびれ果ててもどってきたが、ハタと気がつくと、どうやらふところの銭二百を落としてしもうたらしい。「あいつのせいで、ろくなことはねエ」と独り言を言っていると、そこへ茂作が帰ってきた。
 腹は立てども文句を言うわけにはいかんわい、おやじはしらばっくれて言ってやったとさ。
 「今日はええ日よりで人も多かったろうし、さぞええ物を拾ったろうのう。」
 「それがおやじどん、今日はいつになく不景気じゃた。けれども帰りがけにそこの路地で銭二百を拾うたきに、まあ、一日歩いたかいはありました。」
 
       
   5  馬糞三つ  
      むかしあったと
 金いっぱい持ったじいさまがあったと。
 じいさまには三人の息子がいたもんで、自分の死んだあと、誰か、しっかりした者に後をゆずりたいと思っていたと。
 ある日、じいさまは、息子三人呼んで言うたと。
 「お前たちゃあ、この世ん中で何一番欲しいか。」すると、兄は、
 「馬の糞三つもあればいい」って言うんだと。
じいさまは顔しかめたども、次に次男に聞いたと。したら次男は、
日本国中皿ねかして、そん上さ大判小判いっぱい欲しいだべ」って言うんだと。
じいさまは、「感心、感心」とよろこんで、今度は三男に聞いてみた。三男は、
「海から水ひいて、日本国中を田んぼにしたいもんだ。」って答えたんだと。
じいさまは、「これも感心だ」とほめながら、長男に向かってこう言ったと。
「お前エさっき何てぬかした。馬の糞三つ欲しいとは何ごとだ。」すると兄は、
「日本国中皿ねかして金一杯っていうたども。誰がその金使うんだ。日本国中広い田にするといっても、いったい誰がその田んぼは耕すんだ。そんなばかげたこと言う奴の口さ、馬の糞一つずつ食わせ、それば聞いて喜んだ人の口さも一つ入れたい。」と言うたそうだ。
それを聞いたじいさま、
「なるほど、やっぱ、兄は兄だけのことはある。って、大そう感心したんだとさ。